指紋からなにがわかるか 冤罪はなぜ起きるのか
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目次

第1章 指紋鑑定人の目
第2章 無罪事件の共通点
第3章 逮捕の要件
第4章 逮捕後の捜査
第5章 冤罪の原因
第6章 証拠開示とチェックアンドバランス(牽制と均衡)
第7章 冤罪の罪悪性

第1章 指紋鑑定人の目

 警察鑑識で培った指紋鑑定のノウハウを使っての民間鑑定は、開業以来、実に様々な鑑定依頼にめぐり会っている。 その中に、最近1年間で実に5件の冤罪とされる事件の鑑定があった。
 その結果、2つの事件が無罪となった。そこで、鑑定人としての立場から無罪となった2つの事件を中心にみると「冤罪はなぜ起きるのか」という点について、共通した問題点があることに気がついた。 その原因は、現行刑事訴訟法にあると当職は考える。

第2章 無罪事件の共通点

 (例1) 埼玉県警察東入間署が採取した窃盗事件の現場指紋から、ある少年が割り出されて逮捕されたものである。 ところが、その現場指紋の鑑定が間違っていたのである。 少年は、何度も指紋鑑定がおかしいのではないかと申し向けたが、取調官、検察官、一審裁判官は誰一人として少年の言うことに耳を貸さなかった。 たった一言で済む「指紋再鑑定を行う」という指揮がとられることはなかったのである。
 (例2) Aさんの場合は、愛知県警察緑署が窃盗事件があった家の鏡台から採取した指紋によって割り出されて逮捕された。 ところが、取調べの段階でAさんは、3年前に被害者方の鏡台を動かしながらエアコン設置工事をしていたことがわかった。 そこで、Aさんは、現場指紋はエアコン設置工事の時に油粘土のようなパテを使っていたので指紋が今まで残っていたのではないか、 と主張したが無視されて起訴された。これをキャッチしたテレビ局から依頼されて現場指紋を取材鑑定してみると、 なんと、合致した指紋は3㎏前後の押圧力がかかっていた。 まさに、現場指紋は工事の時に付着した状況を現していた。
 この2つの例には共通点が二つある。一つは、警察は極めて簡単な再確認の行為を無視していること。 二つは、逮捕された人は、警察が自分のために真相を明らかにしてくれるものと期待したことである。

第3章 逮捕の要件

 逮捕状の請求は、「疎明資料」と言って完全に犯人であるという証明がなくても、犯人と疑うに足りる相当な理由と逮捕の必要性があれば裁判所は逮捕状をだす。 裁判所は、指定警察官から「逮捕状請求書」を受け、逮捕の必要性を検討して裁判官が発布するものである。 これを「令状主義」という。
 すなわち、刑事訴訟法においては、警察官に捜査活動の権限を広く認めている代わりに、その濫用の危険性を第三者たる裁判官に委ね、 事前の抑制下に置いて防ぐことを原則としたものである。

第4章 逮捕後の捜査

 犯人を逮捕する前の捜査は、一応、真犯人でないとする「白」の捜査も行なっている。しかし、逮捕した後は、状況が異なる。 捜査機関は、そもそも犯人を有罪とすることに最大の関心を持っているものであるから、積極的に有罪の証拠を積み重ねて立証しようとする。 自白強要がその典型である。そうでなければ誤認逮捕になってしまい、それこそ「警察の勇み足」として、マスコミにたたかれる事は目に見えている。 反面、逮捕者の言い分を真剣になって証明しようとすると、誤認逮捕を自らが証明することにもなってしまう。 こういう状況の基では、真剣に事案の真相を明らかにしてくれることが期待できない。

 例えば、例1の少年は、指紋の再鑑定をしてくれれば嫌疑が晴れるものと期待していた。ところが、うそつき呼ばわりされて全く無視されてしまっている。 例2のAさんは、自分が被害者方のエアコン設置工事をしていた事実がわかったときは、これで家に帰れると思ったという。 それは、警察官によって真相が理解してもらえたものと期待したからである。 ところが、鏡台移動時の指紋押圧力実験もしてくれることがなかった。
 したがって、いずれの捜査官も、捜査機関も実体的に逮捕した人物が、犯行を犯しているという観点のみにしか機能していなかったのである。

第5章 冤罪の原因

 捜査機関の目的は、「事案の真相を明らかにし」(刑訴法第一条)と規定されている。 当然、逮捕状は、疎明資料(すこしでも犯人の可能性がある事を示す資料)で発布されるのであるから、逮捕後でも真犯人であるか、別人であるかの両面捜査をしなければならない。
 また、被疑者・被告人にとっては、例1、例2のとおりの現象が生じても自らが対応する手段がないため、捜査官に無実の証明を期待する以外に方法がないのである。

第6章 証拠開示とチェックアンドバランス(牽制と均衡)

 では、どうしたら法律上の欠陥を是正できるのだろうか。捜査機関とて、真剣に犯人逮捕に臨んでいることに異論をさしはさむ余地がないことはもちろんである。 だが、時によって犯人検挙を真剣に行なえば行なうほど反作用としての無罪につながる証拠を消滅させることにもつながってしまいかねない。 しかし、現在の刑事訴訟が、有罪証拠のみを送致する方式であるため、無罪の証拠が送致対象にならないから、その存在そのものがわからないのが実態である。

 そのため、弁護側が後日提出を求めたとしても、証拠品の紛失、不作為の隠蔽、無関係物件だとして提出されないケースも考えられる。 かつて警察鑑定に従事していたので、捜査の流れを逐一承知すると、この実態が見えてくる。
 したがって、これを防止するためには、捜査活動の適正手続きの流れを客観的に確認する必要がある。 それが証拠開示である。しかも、犯罪現場の証拠資料は、有罪、無罪の証拠を併せ持って採取されるものであるから、採証活動の証拠リスト開示が必要である。 更に、真相解明をする中で、弁護人の現場確認活動の保証も大切である。 また、警察鑑定も裁判官、弁護側に再鑑定ができるような資料の確保と有罪証拠以外の資料の保全措置等の義務化も重要である。
 今の捜査機関の技術では、鑑定不能であっても大学や民間の研究機関を駆使しれば、鑑定可能となる場合もあること、 将来科学技術の発展によって鑑定可能状態が訪れることも考えられるからである。

 次に、資料保管に当たっては、真相解明のため、事件によっては第三者機関が一手に管理し、 捜査機関、弁護側双方が同時に閲覧できるシステムを作ることも選択肢の一つである。諸外国の証拠開示は、 冤罪実例を敏感に反応して既に実施されているところである。 
 したがって、捜査機関の一方的な都合が生じる可能性に対しては、証拠開示によってチェックアンドバランス(牽制と均衡)を図る必要がある。

第7章 冤罪の罪悪性

 全国で発生している犯罪は、相当数に上っている中、冤罪はほんの一部分にすぎない。 冤罪は、二重悪であると当職は考える。それは、一方では善良な市民を陥れると同時に、また、ある一方では真犯人の放置につながっている。 冤罪は、まさに、捜査機関が厳格な注意義務を怠ったために生じた重大な「犯罪行為」そのものに等しいと言わざるをえない。 原因は、刑事訴訟法にあると当職は考える。その責任はいったい誰が取るのか。国民の受忍義務は、はるかに越えている。国民全体で冤罪を防止するための改革を考えなければならない。 冤罪の数は少ないが、制度上の問題は法をもって緊急に対処しなければならない事態である。
 犯罪捜査は、ルールに則って遂行されるが、人が行なうことであるから絶対はない。 早急な証拠開示のシステムが確立しなければ冤罪はまた起きるだろう。 折りしも、司法改革と証拠開示が注目されている昨今、社会的識者の方々によって、一日も早い証拠開示制度の立法化が望まれる。 鑑識鑑定人として、微力ながら要求していきたい。