| 指紋活用の現実と将来 | |||||||||||
| 指紋活用解説版 | |||||||||||
| 【指紋は、唯一無二の“印鑑”】 | |||||||||||
| 1 指紋押捺と人権問題 | |||||||||||
| 「指紋押捺」の話が出ると、真っ先に出るのが人権侵害、差別問題などの指摘です。指紋の活用にあたっては、この指摘を避けては通れないようにうかがえますので、指紋鑑定人として見てみたいと思います。 指紋活用は、指摘とは関係なく様々な活用が為されています。その大半を警察の犯罪捜査が占めていることはご承知のとおりです。最近になって、ドアロック、パスワードなどのカギの代用として個人認証技術が発展してまいりました。また、社会一般的では、時折、遺言書、委任状、供述調書など、名前の下へ印鑑の代わりに指紋を押している「指印」も見かけます。 指紋は、自然の恵みであって、顔と同じように人為的に出来たものではないのですから、指摘の実態は、個人として尊重される「肖像権」の問題だと思います。 ここで大切なのが、実体的に本人が誰であるかの確認です。それには、顔、指紋、歯型、DNA、手術痕などがあります。代表的なのが「顔」ですが、ときおり、変装、整形、生活環境、病気、年齢加算によって変わってくるし、双子では区別が付かないので絶対とはいえない場合があります。では、指紋はどうかというと、世界中の誰とでも、どの指も違うし、一生変わることがないのです(※1)。これから、顔が「第一の顔」なら、指紋は「第二の顔」と言えるのです。 今日、顔など本人の写真については、履歴書、免許証、パスポート、各種申請など本人確認に多様ですが、肖像権について何も問題にされていないのは、「本人の承諾(任意)」に基づいているからです。これに対し、指紋は、同じ本人確認なのですが、「押捺」イコール「人権問題等」の構図が浮かび上がります。この差は、どこにあるのでしょうか。例えば、交通違反で検挙された時、交通キップに署名して印鑑の代わりに指紋を押しますが、人権問題等にはなっていません。警察署の供述調書の署名指印も、犯罪者から指紋・掌紋と写真を採取して保管することも同じです。また、ドアロックやパスワードで本人確認をしたり、念書など印鑑を持ち合わせていない場合の指印押捺にも見られますが、これも人権問題等にはなっていません。これとは逆に、外国人登録証明書発行申請に関する指紋押捺拒否事件で人権問題等などの報道がされておりました。また、内部不正事案追求のため、特定の容疑者に対して指紋の押捺を求める場合、人権問題が取り沙汰されます。なお、個人識別のために不確かな面もある「顔写真」は常に求めてもよくて、絶対確実な「指紋押捺」は常にだめだ、というのも現実的ではありません。指紋押捺が、絶対的な人権侵害なら誰も使うことが出来ないはずですが、現実には使われていますから、焦点は別なところにあります。 この差についてみると、社会生活には、個人識別が絶対に必要ですが、簡単に個人識別できる「第一の顔」が一般化し、特殊技術を必要とする「第二の顔」は、民間鑑定人が限定されていたために発展しなかっただけだと思います。加えて、発展しなかった理由はそれだけではなく、その背景には、指紋が警察の犯罪捜査に使われているので、普通の方は、指紋を残してしまうと、絶対に逃げられないことと、疑いをかけられるおそれがあるかもしれない、という心配と気持ち悪さを抱くため消極的になっていることも考えられます。 すると、「問題」にならないのは、本人が納得して自分の意志に基づく場合と、警察活動という社会秩序維持など、公共の福祉を目的とした場合です。これに対し、「問題」になるのは、本人の意思に反して一方的な利益のためや、特定の人に絞って提出を義務付ける場合など、あたかも当人に犯罪者扱いされているような印象を与えた差別の場合がうかがえます。 今、現実の社会では、公務所で不正に取得した各種証明書を用い、署名、印鑑を偽造し、別人に成りすまして善良な市民が債務弁済を迫られたり、預貯金や不動産を失ったり、遺言書が偽造されて正当な権利者が不利益を被ったり、婚姻、養子縁組などが偽造届け出されて権利義務を得喪失したり、などの事例が多く見られます。そして、正当な権利者が現状に戻すためには、裁判所の判決など公的証明書を提示しないと法律上の救済が得られないという、本当に理不尽な現象が起きています。こちらの方が、不当な差別的取扱いよりも、人権問題としてずっと深刻で、社会問題となっています。今日のIT技術を使えばなんでも出来る時代で、鑑定事例から精巧な偽造が横行し、今、私たちはこれらの脅威にさらされているのです。時代は、常に変わっていますから、この点に配慮するならば、人権侵害等の懸念も大切ですが、現実的な偽造変造を困難にさせ、同時に文書の持つ「公の信用」を維持するため「指紋」の活用が時代の要請になってくるものと思います。紙幣のモデルチェンジは、その一環の何ものでもありません。 このようにしてみると、指紋と人権問題は、犯罪捜査が主な活用だったことと、指紋の効果が断定的役割であったが故に、自己の肖像権が勝手に侵されるのではないか、との懸念が人権問題に置き換えられた部分と、犯人扱いによる特定個人の現実的な差別の部分があると思われます。これからは、民間でも警察と同等に鑑定可能ですから、一律的に排除するのではなく、これほど威力のある自然の恵みを正当な目的に活用し、不正事件の阻止とともに肖像権の侵害に配慮した施策が求められます。 (※1−これを「万人(万指)不同の原則」、「終生不変の原則」と言います。) |
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| 2 指紋と印鑑の共通性 | |||||||||||
| 日本は、印鑑の文化が発展していますが、その根底には、「唯一無二」を前提として本人の「意思確認」に利用されているものです。本人と印鑑の結びつきは、「所持」です。しかし、問題は、本人と印鑑が別個に存在することと、三文判は唯一無二ではないことです。ここが、偽造の対象となって本人の知らないところで不正が行われているのです。ところが、「指紋」は、「万人(万指)不同の原則」「終生不変の原則」により世界でたった一つの「自然紋様」で絶対変わることがありません。すると、この「自然紋様」は、「唯一無二」ですから「印鑑」の趣旨と同じです。だから、指紋を印鑑の代用に使えるのです。これを「指印」と言います。指紋活用の発展途上を見ると、賃金受け取り印、遺言書、古くは赤穂浪士の血判状などに使われていました。今は、主に交通反則キップの指印に見られます。このように、指紋の活用は、本来、本人の「意思確認」にあるのです。指紋の特徴は、本人と完全に一体で分離不可能ですから、すべてが直接的に「意思確認」せざるを得ないことです。そのため、不正があった時は、追求と証拠化が出来るのです。印鑑では、これができません。形式に押す印鑑なら、指印の方が断然有効です。 現在、民事、刑事裁判を問わず、指紋があったら一発で解決する事件が相当数うかがえます。「転ばぬ先の杖」となる「指紋」の恩恵を使わないのは本当にもったいないことです。恩恵を使い切るには、次の新しい活用が期待できます。 |
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| このように今後は,人の「意思確認」「追求の確保」という側面の活用が進み、これらが将来の社会生活の中で「安全の担保」として定着していくことと思います。指紋の本当の使い方は、ここにあるのです。この習慣が定着すれば、社会経済活動の絶対量からして警察の活用はものの比ではなくなります。やはり、一般社会が「指紋」の使い方を知らなったことと、制度を支える指紋鑑定人が非常に少なかったことでしょうか。指印は、決して、人権侵害とか差別ではなく、むしろ、自分で自分の利益を守ることなのです。 以下、具体的に見てみましょう。 |
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| 3 各種契約時の指紋補助押捺−−商習慣の奨励 | |||||||||||
| 様々な社会経済活動の中では、常に状況確認が大切であります。真実をいち早く確保したものが、リスクを回避させて確実な決断に結びつくものです。その中に指紋の活用を図ることが出来ます。それは、各種契約時に押印とともに補助印として印鑑押印者の署名指印を押しておくという商習慣を確立すること(図)です。
日本社会の習慣では、意思確認に際して、「印鑑押印」「署名」が絶対的評価されておりますが、また、この部分で本物、偽物の争いがあることも事実です。どうしてこんなことが起きるのか、その原因を考えてみると、印鑑は、所持者が正当な権利者という推定を受けてしまうことと偽造し易いからです。だから、悪いことをたくらんでいる者が、実印を勝手に持ち出したり、偽造したりして押印しても印鑑証明があれば法的には成立してしまいます。また、署名偽造はもちろん印鑑偽造などはプロの偽造団がうかがえるほど精巧に作られているのも現実です。特に、文字訂正を前提とした「捨印」から偽造印鑑が作られるケースが大です。この事例は非常に多くなってきています。筆跡、印影鑑定人によっては、これを見破れず、真実を反映できない鑑定書が公判に提出され、事実誤認の判決となる可能性もあります。 ところが、この問題は、指紋1個ですべて解決します。実印でも認印でも、押印した際に押印者の指紋1個(左右の人差し指が押し易い)を補助印として印鑑の脇に押しておくだけで全く心配ありません。そして、同時に、偽造指紋防止のために欠かせないのが、 |
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このように、指紋は、無権代理者又は偽造者なら名義人本人の指紋と照合すれば簡単に判明します。同時に、指印があれば、指紋の万人不同、終生不変の原則から、合致すれば「存在証明」又は不合致の時は「不在証明」となって状況が直ちに判明し、物的証拠化が図られるのです。このように指紋は、1個で二役を果たすのです。要は、事件が起きるかどうかではなく、どんな事態が生じても、真実を追求できる「情況確保の措置」を講じておく、というのが大切であります。 これに対し、日本文化の中には、「自分が信用できないのか」あるいは、「疑っているのか」など信頼の原則が損なわれる、との意見があります。実は、これが曲者なので、相手をだましてたたみ込む常套文句であったり、裏を返せば責任追及の回避であったりてしています。契約関係で、一番大切なことは「信用情況の継続」です。むしろ、相手方から「常套文句」が出た時には、その契約を「要注意」と見るべきです。正当な当事者ならば、両者とも安全の担保を求めるのが自然だからです。 指紋は、ここで一種の「踏み絵」的な働きをします。 指紋の大きな特徴は、指紋さえあれば、いつでもどこでも事実を追及でき、確実な情況が一発で決定します。そして、効果は絶対なのです。 このパターンを私は、契約自由の原則に基づく「商習慣」として提唱し、契約安全のため広く社会に奨励し、定着させたいと願っています。少なくとも、高額、重要取引、相続関係には取り入れることをお勧めです。これを契機に「商習慣」が確立した時には、無用な裁判が淘汰されていくものと思います。そして、鑑定識別のバックアップは、すでに当社等が確立しています。 事例としては、委任状を偽造して他人の指紋の代わりに自分の指紋を押し、保険金を騙し取った詐欺事件がありました。本人の10本の指紋と合致しなければ絶対に他人です。こういう場合、犯人は利害関係者の中にいますから、現在、指紋鑑定書を基に有印私文書偽造同行使詐欺罪で刑事告訴と同時に原状回復を図っています。 ちなみに、人は、欲が絡むと何をするかわかりません。署名や印鑑偽造変造に伴う裁判上の期間経過は、国家利益の損失です。無駄な時間は、もっと社会活動に向けたいものです。 |
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| 4 遺言書作成時の指紋補助押捺と本人10指指紋の保管 | |||||||||||
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鑑定事例から見て、意外と遺言書の真偽が争われているのが多く見られます。遺言者の意思に反し、残された財産をめぐって身内の骨肉の争いは後を絶ちません。遺言書が偽造されたり、正当な遺言書が否定されたりと様々です。やはり、人は、金が絡むと人格や意思も変わるのでしょうか。加えて、周りから指図する人もうかがえるとまた複雑な展開になることがあります。ところが、指紋1個でこれを回避することが出来ます。それは、 ○ 遺言書の署名押印とともに補助印として指紋を押しておき、同時に自分の指紋 も10本残しておく という習慣を確立することです。遺言書の要件は、直筆であること、押印があることですが、指印でも有効なのです。それだけ偽造変造の機会を与えていることも事実です。よく真偽の判断にあたって問題提起されるのが、健康時の筆跡と死期が迫った時の筆跡が著しく異なる時があります。これも、契約時同様、遺言書を作成したときに補助印として指紋を押しておけば完全に回避できます。ここで、遺言書の場合は、遺言者の10本の指紋も押捺して保管しなければ意味がありません。遺言書の効力が生じるのは、没後ですから、遺言者の指紋は消滅してしまうので、補助指印が遺言者のものであるということを証明しなければなりません。そのために、遺言書作成時に遺言者の10本の指を押捺した指紋原紙を残す必要があるのです。指紋原紙は、偽造指紋防止の観点から公証役場など公の場に残すのがベストでしょう。いずれにしろ明確にしておくことです。また、本人が亡くなった後ですから、本人もわからないのです。確かなことは、遺言者は、自分の意思を反映させたいのと、没後に親族間で争いを避けるために作成しているものと思います。ところが、現実には、本人がいないことをいいことにして偽造が企てられる場合があるのです。残す財産がなければ争いもありませんが、それなりにある方は、没後も親族が骨肉の争いではなく「美しきものの流れ」になるような配慮が望まれます。親族間の骨肉の争いも、たった指紋1個で解決するのです。 |
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| 5 公務所申請時の印鑑の代用 | |||||||||||
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現在、役所など公務所の各種証明書、申請・届出などの際、署名の後に認印を押印して稼動しています。これに代わり、直接窓口に来た申請者の指印を印鑑の代わりに押し、印鑑に代えて効力を持たせた方が実効力が期待できます。これらの印鑑は、実印でなくても有効ですから申請人の「意思」を確認するために押しているものです。だが、三文判は、同じものがいくらでもあるし、毎回異なる印鑑でも通用するのですから、他人に成りすまして取得することも可能です。これは、有印私文書偽造同行使という立派な刑法犯です。ここの問題点は、仮に、不正取得があった場合、認印では犯人の追求ができないということです。ところが、ここに指印を押しておくと、申請人が誰であるかが追求可能になります。指紋は、唯一の物的証拠になるのです。警察に届け出れば犯人割り出しが可能です。これを利便性から見ると、印鑑を忘れることがあっても、指印は決して忘れません。少なくとも市役所には、個人情報が集中していますから、不正取得者に対するガードとして指印を活用すると効果的であります。指印1個で「意思確認」と「不正追求」ができて、なおかつ、これが自分の個人情報を守ることにつながっているのです。現在の三文判と比較してみてください。指印は、利便性、実効性、追求性と三拍子揃っています。 この点につき、指印を提出する安全性についてみると、公務所に自分の指印を提出しても、その指印を偽造して何か不正が予期されることもないので、一般契約取引に比較して安全性を損なうことは全くありません。したがって、公務所への申請、届け出などは、「各種契約時の指紋補助押捺」ほどの厳格な配慮は不要と思います。 |
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| 6 自分の指紋原紙保管----第二の顔・自分の指紋を残そう | |||||||||||
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いまでは、ほとんどの方が何らかの生命保険に入っているものと思います。これは、自分が死亡したときに残された家族が生活に困らないように、という配慮からきていることはご存知のとおりです。しかし、この保険金は、契約者の身元が確認されてから支払われるのは当然です。人が外に出て活動するには、常に危険が付きまとうものです。特に、海外や遠くに出張するときの航空機、テロ爆破、船舶事故、ホテル火災、電車衝突など、遺体損傷が著しく予想される事象が隣りあわせといっても過言ではありません。この場合は、本人が生前使っていたものから指紋を採取して照合しています。これを「在宅指紋」といっています。しかし、全部の指を確保することは大変な労力を要します。時によっては非常に困難を伴います。そこで、死後を予想して保険に加入するときは、あわせて自分の絶対的身元識別法となる指紋原紙を残されるようお勧めいたします。我が家では、当然5人家族全員の指紋原紙を保管してあります。保険と指紋は、車の両輪として考えてください。同時に、DNA 鑑定の基となる毛髪、爪なども残しておくと更に安心でしょう。気がついたら、即やっておくことをお勧めします。 なお、正式に押捺したい方は、当社で押捺補助を行っていますからご相談ください。 |
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| 7 偽造指紋対策 | |||||||||||
指紋活用が一般化してくると、これにあわせて偽造指紋の出現が予想されます。精巧な印鑑偽造が出現していることと同じです。これまで、指紋活用が、警察に集中していましたから、偽造指紋鑑定は、未開拓の分野でもありました。しかし、利害関係がからむと必然的に出てくるのは世の常と心得た方がいいでしょう。技術的には十分可能です。ドラマでも指紋偽造や指紋盗影のシーンが出てくることがありますが、まだ、現実的な鑑定を実施したことがありません。だが、救いは、事例がほんのわずかであるがゆえに、指紋の微細な自然さまでも偽造できるかどうかは未知だということです。しかし、それも時間の問題で、必ず、精巧な偽造指紋が現れると思います。![]() 当面の偽造防止としては、指紋の上に印鑑を半分ぐらい重なるように押すことをお勧め致します。こうすることによって、偽造の過程が複雑になり、加工上の不自然さを起こさせることが可能になります。例えば、図2のようにすることです。 印鑑偽造で一番危険なのが、「捨印」です。押印時に、原則として署名と印鑑を重複させる習慣は、偽造防止であると理解しています。指紋もこれと同じです。以後、指紋鑑定人として偽造指紋対策の鑑定研究も進めてまいります。不信な事例がありましたら、是非、ご一報いただければ幸いです。 |
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| 8 「本人確認法」と「指紋補助印」の関連性 | |||||||||||
| 2003年1月6日から「金融機関等による顧客等の本人確認に関する法律」(本人確認法)が施行され、お客様が本人確認を必要とする取引を行う時は、金融機関が本人を確認することが義務化されました。いままでも口座開設のとき、既に行われていましたが、特に、法人の場合でも取引担当者の個人確認が加わりました。 この法律の目的は、金融機関によるテロ資金や犯罪収益などの追跡のための情報を確保し、金融機関等を利用してのマネーローダリングを防止することです。 そこで、目的に沿うような手段として、当然、法案審議の過程では、追跡のための情報として「指印」押印の検討がなされたものと思われます。しかし、これが入っていなかったのは、目的が「犯罪捜査」を前提にしているため、法律で義務化することが妥当でない、との結論に至ったものと推測されます。そもそも、本人確認法が施行される背景には、「不正の追求」にあるようですが、不正取得、偽造文書に対してどのように対処していくか、という問題です。一般に、不正取得、文書偽造をすることは、追求を逃れるためにするものであり、その手口は、プロでも困難な精巧、巧妙化しているのが現実です。したがって、いかに実効性を持たせるかが課題だと思います。 ところが、指紋1個を補助印として押しておけば、追求は十分可能です。この点につき、正当性の理由付けとしては、盗難通帳による預金の不正引き出しが相次いでいる現状から、被害回復と犯人追求のために、取引習慣として現行窓口手続きに加えて「指紋補助印」を押しておくと効果的であります。いずれにしても、不正は、窃盗、有印私文書偽造同行使詐欺という刑法犯ですから警察処理となります。だが、善意の取引者の感情を害することも懸念されるので、対策と認識の社会的整合性が求められるところです。 |
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